長崎旅行の思い出

夏休みを利用して、大学のゼミの仲間と一緒に長崎旅行に行った時のことです。その日は佐世保市のホテル泊まったのですが、疲れていたこともあり早く寝ようとしたのですが、自分も同じ部屋の友達もなかなか寝付けないので、外に出ることにしました。

ホテルの近くには夜景100選にも選ばれた「弓張岳展望台」があり、そこから、佐世保市内の夜景が一望できます。自分と友達は「弓張岳展望台」で普段はあまりしない就職活動や彼女のことなど、お互いに悩みを打ち明け合いながら、一夜を過ごしました。夜景が綺麗な特殊な場所では、友達同士にでもある壁のようなものを取り払ってくれて、これからも一緒に頑張ろうという気持ちをより高めてくれました。

そして、夜も明けてホテルに戻ろうとした時です。東の空から太陽が昇りだしてきたのでしばらくその場所にとどまり、日の出を仲間と一緒に見ました。小高い場所にある丘なので日の出も美しくて、なんか良いものを見た幸福感でいっぱいの余韻を心にとどめてホテルに戻りました。今までで最高の旅行の忘れ難い思い出です。

人生で一度きりのナンパをされた夏

花の18歳。私は女子高生でしたが、お世辞にも「可愛い」とは言われないタイプでした。はっきり言えば、ブサイクです。
一応付き合った人は何人かはいましたが、自分に自信が持てなくて結局私から離れていく感じでした。

そんな18歳の夏の事。ちょうど夏休みでしたが部活で学校から帰る途中でした。「ねー、どこ行くの?」と声がして、誰かナンパでもされてるんだろうなと思っていたんですが、「ねえ、ねえ」と言うので振り返ると、なんと私に話しかけています。
一瞬パニックになり「は???」と言ってしまいました。

その声の主はニコニコ笑っています。私は瞬時に「あ、でも振り返って私の顔見て後悔してるだろうな」と思い「人違いだと思います」と言いその場を去ろうとしましたが、「お姉さんでいいんだよ~、話していい?」と。

私は自分でも聞き分けの良いブサイクだと思っていたので今度は「あ、アレだ。高い絵とか売られる系だ」とまた思い、「私お金もってませんし詐欺ろうと思ってても無理ですよ」と勇気を出して言いました。そういっても「いやいや違うって、可愛いと思って声かけたんだよ」と。

私はますます不信感がつのり、「目…大丈夫ですか?」と。どうしても信じる事は出来ませんでした。
もうはっきり言ってやろうと思い「何が目的ですか!?」と怒って言うと、その人は「目的か…どっかでご飯食べない?おごるよ」と言いました。
この人が悪い人だったら私はここでアウトなのですが、「ご飯をおごる」に食いついてしまった私…。「え、ご飯だけなら…」と普段の自分では考えられない行動に出たことに自分でもびっくりしました。

結局その人は本当にただのナンパで、今思うと「B専」だったんだと思います。
ご飯を食べて、アドレス交換。その後はちょっと付き合ってまた私の方からさよならしました。
人生で初めてされたナンパは嬉しかったけど、やっぱりナンパするような人とはずっと付き合えないな、とも学んだ夏でした…

春からずっと想い続けた人

私には春からずっと片思いをしている人がいました。私が一目惚れをしてすぐに告白したのですが、彼には他に好きな人がいたので振られてしまいました。
私はそれでも諦めることができずに、友だちの関係でいいからこれからも仲良くしてほしいと言うと、彼は快く頷いてくれました。

そしてそれからは、自分の恋愛感情は表に出さないようにして、その彼と友だちのように接していました。
けれどやはり、どうしても好きという気持ちをおさえきれずにもう一度告白をしました。
結果はノーでした。

二度も振られてさすがに立ち直れなかった私は、しばらく彼とは連絡を取らずに距離を置いていました。

すると、二週間ほど経った時に彼から突然一緒に遊園地に行こうというメールが届きました。私はあまりの嬉しさにすぐに返信しました。
そして遊園地の当日は彼とまた会えることが嬉しくて、終始笑顔で過ごしていました。

すると、夕方近くになって最後に観覧車に乗った時にその中で彼の方から好きだと告白されました。私は信じられずにいましたが、連絡を取らなかったこの二週間で私のことが好きだということに気づいたそうです。

春からずっと想い続けた人と付き合うことになれた、真夏の暑い日の思い出です。

線香花火のような恋

夏の思い出と言えば、初デートです。27歳の時でした。あまり好きではない相手でしたが、話が盛り上がり、すぐにデートすることになりました。

行った場所は、江ノ島です。江ノ電に乗りながら、電車の中で彼女の方から手を握られて、何度もほっぺたにキスをされました。とっても積極的な女の子でした。

途中、私の向かいに座っていた男性と目が合って、なんだか気まずくなり、寝たふりをしました。それにも関わらず、隣に座っていた彼女は、相変わらずほっぺたにキスをしてきましたが。

手を繋ぎながら、恋愛成就の神様がいると言う神社に行きました。
カップルで行くと、後に別れるというジンクスがあるそうです。
その時は、そんなことなど知らずに、普通に仲良く参拝をしました。

後に、彼女が、知人の男性とエッチをしていたことを知り、すぐに別れました。
そのジンクス通りになり、軽くショックを受けましたね。

夏になると、決まって思い出します。
線香花火のような恋と、自ら呼んでいます。

海に入って見る入道雲

子供の頃、夏休みになると、よく田舎の家に行きました。田舎には親戚がたくさん集まるのでとても楽しみでした。ふだんは海のない県で生活していたので、親戚たちと車で15分で太平洋の海水浴場に行けることはとっても嬉しい出来事でした。

砂浜が長く続く九十九里浜ではビーチサンダルを脱いで海に入るまで、砂浜の砂が素足に熱くて飛び跳ねて大騒ぎしながら駆け出して行きました。海の中では足で砂をツイストのようにしていると、うまくいけばアサリやハマグリにぶつかることもありました。

九十九里は波が荒いので、油断して浜の方を向いているとザバーンと大きな波をかぶってしまうこともありました。浮き輪でもうまく浮いていても、ひっくり返ってしまうこともありました。もちろんそれだけ波のあらい地域なので遊泳地区は限られていましたが、本当に海は最高のレジャー施設でした。

海に入って見る入道雲も夏の海を思い出すと一緒に浮かんできます。もう何年も海につかって入道雲を見ることはないですが、子供の頃の思い出はいつまでも忘れられないものです。

去年の夏の思い出

去年の夏の思い出の事です。

普段は人混みが物凄く嫌いであまりお祭りや花火大会などには行かないのですが、その年は友人に強く誘われたので仕方なく花火大会に行きました。予想通りの人混みで私はあまり嬉しくはなかったのですが、久しぶりの友人との再会もあったのでソレハそれで楽しかったですし、花火が結構綺麗だったので思ったよりも楽しめました。

花火大会も終わり会場にいた人が一斉に帰宅をし始めたので、人がごった返していました。私達もその中に紛れかけ始めた時の事でした。

一組の老夫婦が何かを探していたのです。私はそれに目が止まり友人に待つように言いました。私はその老夫婦に近付いていって、どうかしましたか?と尋ねてみるとお婆さんがお財布を落としてしまったみたいで探していたみたいでした。さすがにこれだけの人と暗がりの中では見つからないだろうと私も思ったのですが、あまりにもその老夫婦が可哀想になり一緒に探してあげる事にしました。

友人にも促し四人で一時間ぐらい探しましたが結局見つかりませんでした。老夫婦達は電車で来たみたいで帰れないようだったので、私はその老夫婦にそっと帰りの電車賃を渡しました。老夫婦達は遠慮して最初は受け取りませんでしたが、私が困ったときはお互い様ですから!と言って手渡しました。駅までその老夫婦を車で送って行き駅で別れました。その老夫婦は何度も何度も頭を下げてお礼を言ってくれました。私の去年の夏の思い出でした。

何も出来なかった夏

子供を出産してからずっとお腹の調子が悪くて、何度も病院に行ってみていたのですが、やっと最近になって原因が分かりましたが、その時にはもう遅く、結局手術をする事になって、子供が幼稚園の夏休みが始まると同時に私は手術を受けました。

病名は子宮内膜症で内膜症が5cmまで大きくなってしまっていたようで、その摘出手術を内視鏡を使ってしました。予定なら1時間位で終わるらしかったのですが私の場合4時間程掛かったようでした。それからはトイレにまともに行けなくなり、お腹の手術の痛み等で数ヶ月悩みました。子供の夏休み中は全く私はどこにも行かれず、結局いつも主人だけが子供と外出をしたりしていました。

なので、手術をした夏は私にとって、いつも家で一人で痛みと戦っていた嫌な夏の思い出になりました。もう2度とこんな辛い夏を過ごしたくはないと思っていますが、子宮内膜症はまた再発する可能性も有るらしいので心配です。今度の夏こそ、子供と夫と3人で旅行に行ったりして思い切り楽しみたいと思っています。

10代最後の夏

私は夏という季節が嫌いでした。暑いし、何をやってもだるいからです。今でもあまり好きじゃありません。
しかし10代最後の夏だけは、きっとこの先も忘れないと思います。

その年、私にはどうしようもなく好きな人がいました。その人は洋服のお直しを仕事にしている人で、暇さえあれば彼の所へ遊びに行っていました。梅雨が明ける頃だったのですが、彼の所へ行く日は決まって、雨が降りました。あの頃の私は、何をするにも不器用で、色んなことに勝手に悩んでいました。

遊びに来ては、ふてくされている私のびしょ濡れになった服をアイロンで乾かしてくれた彼が、独り言のように私がつぶやいた「海に行きたい」という一言に、ある日OKを出してくれました。彼の下手くそな運転で海に行き、私たちは何をするでもなく、海をしばらく眺めただけでした。私が砂浜でバランスを崩しそうになった時、彼が手を差し伸べてくれました。好きな人の手に触れたいのに、その頃の私はそれすら出来ないほどに純粋でした。断って自分で体勢を直し、私たちは砂だらけの足で家に帰りました。

私はその年上京したので、彼とのデートはそのたった一回です。今では、彼も私も結婚しています。それでも夏が来ると、毎年その日のことを思い出します。

一面のひまわり畑

小さなころ家族とドライブに行ったときのことです。
どこに行ったのかも覚えていませんが、その道中にとても美しい風景を見たことを覚えています。
まるで映画のワンシーンや絵画にもありそうなほど、くっきりとした目に鮮やかな風景でした。

空の深い青色、浮かぶ大きな入道雲は白くくっきりとしていて、空と大地を区切るように黄色いヒマワリが絨毯のように広がり、茎や葉の緑も鮮やかで目に焼きつきました。
今ならば持ち歩くことが当たり前の携帯電話ですが、当時はなく、もともとただのドライブだったのでカメラをわざわざ持っていっているはずもなく、ただ記憶に焼き付けるしかありませんでした。

それを少し残念に思いますが、今も鮮明に思い出せるので、逆に写真という形で残らなくてよかったのかもしれないとも思います。
思い出は美化するものともいいます。もし、写真があれば私が思い浮かべるような鮮やかな風景ではないかもしれません。
記憶という不確かなものだからこそ、今も私の中に色濃くあの風景が残っているのだと思います。

メモリーオブサマー

夏の思い出と聞いて、パッと浮かんだのは「夏休みの宿題」と言う人は多いでしょう。

ちゃんとやった子もいれば……とりあえず分かるところだけやる子もいたと思います。中でも、自由研究が強敵でしたね。

他には、「早朝のラジオ体操」や「学校のプール開放」などあると思います。

自分は早起きは苦手なので、6時になってもまだ寝ぼけてます。目をこすり、欠伸しながらもラジオ体操したのは今でも覚えてます。

プール開放された学校をほぼ毎日行ったおかげか……太陽の光で肌が焼けてました。

その後は、自宅に戻りテレビゲームをやりました。

よく「宿題はどうした?」って言われてたけど、「やったよ。」と即答しましたが、実は答えが半分くらいでしか埋まってませんでした。

夏休みの宿題で出た課題テストで、答えを(合ってるか間違えてるか別として)全部埋めました。その点数で、どれだけ宿題をやってたかは分かるみたいです。

かくゆう自分は、赤点ギリギリで、今では20代後半……当時はゲーム三昧で、もっと勉強しておけばよかったと時々後悔してます。